SENDAI IKUEI I-LION'S GLORY!!

 

東京大学
理科I類

平成21年3月特別進学コース卒
横浜寺尾中出身

「家では勉強しない」 、
集中するために割り切りました


3年の夏までは
 基礎固め学習


 東大に出願した理由は、2年間勉強してから専攻を決めるシステムに惹かれたのと、東大が日本で一番の大学だからです。実は、3年生の冬まで、しっかりと志望大学を決めていなかったので、それまではとにかく模試で良い点を取ることを目標に勉強していました。なので、大学の赤本をやったりして、2次試験の問題の傾向をつかんだのは、センター試験の後。やはりそれでは対策が間に合わなかったので、早めに傾向をつかんで、少しずつ対策をした方が良いと思います。
 ここからは、僕がどのように勉強をしたかを書きたいと思います。1年生の頃は、主に英語と数学の基礎的な勉強ばかりしていました。その他の教科は定期テストで8割を取る程度にやっていました。2年生の頃も前半は数学の基礎を固めて、後半は理科を中心に基礎固めをしました。3年生になっても夏までは基礎をやっていました。それ以降も難問と呼ばれるものには手をつけずに、標準的な問題を解けるようにしました。


センター試験前の1ヶ月間で
 苦手科目を克服


 国語と社会が苦手だったのですが、センター試験の1カ月前までもそれらを克服できずにいたので、センター試験前の1カ月間は国語と地理のみをやって克服して、センター試験ではそれなりに良い点数が取れました。しかし、得意だった理科や数学を疎かにしてしまっていたので、忘れてしまった部分が多かったので、このような極端なやり方はしない方が良いと思います。
 自分の家ではほとんど勉強しませんでした。家では普通にテレビを見たりしていました。しかし、その分、平日は図書室、休日は予備校の自習室で夜に残れるだけ残って勉強していました。家ではやらない、と割り切ってやった方がだらだらしないで集中して勉強することができると思ったからです。



筑波大学
人文・文化学群人文学類

平成21年3月別進学コース卒
南小泉中出身

最後まで模試はE判定、
それでも望みをかけて挑戦!


過去問などを解く時は
 ストップウォッチを利用


 志望大学を選択した決め手は、受験の利用教科だった。勉強に力を入れるのが遅れたため、とても苦手な教科が3年生になってからも残っていたからだった。3年の夏休みの勉強は思うように進まなかったので、勉強するのが苦にならない現代文の勉強から始めた。「現代文と格闘する」という参考書が現代文の記述の練習に役立ったように思う。
 本格的に受験勉強を始めたのは秋頃だった。自分の学力が志望大学に全く届かないのは、模試でE判定をとったことしかなかったので、よく分かっていた。そこで、苦手だった生物は教科書を何度も読み直し、数学も基礎からやり直した。冬休みには英語の点が伸びない理由が単語の語彙力が足りないからだと気付き、毎日少しずつ半分くらい覚えようという気持ちで「速読英単語」を読んだ。冬休みは7時間から9時間勉強した。この時にストップウォッチを利用して、勉強時間やセンター試験過去問や模擬テストにかかる時間を計った。勉強時間と休憩時間の切り換えをするのに便利だった。


日本史の論述に悩み
 先生からのアドバイスで形になりました


 最後まで模試では、E判定が並び、センター試験の結果も合格確率は低かったが、「もしかしたら受かるかもしれない」と気持ちの面で追い込まれることなく、2次試験まで過ごすことができた。
 私が一番悩んだのは、2次試験の日本史の論述だった。参考書を解いたり、教科書を読むだけでは充分な量を書くこともできず、先生からアドバイスをいただいてやっと形にすることができた。
 仙台育英での3年間をふり返ると、何事に対しても無気力だった時間がもったいなかったと思う。苦手教科をつくらなければ選択の幅はもっと広がっていただろうし、余裕をもって勉強できていたと思う。後輩の皆さんも早めに大学を調べたり赤本を買ってみたり何か行動をおこしておくと、3年生の後半になってからも笑っていられると思う。私は受験勉強で興味を持ったことも含め、大学での学習や活動を楽しみたい。



筑波大学
芸術専門学群

平成21年3月特別進学コース卒
将監中出身

大学進学はゴールではない、
仙台育英に入ってそう気付きました


センター試験・定期考査対策
 両立に苦労しました


 なぜ私が仙台育英に入学したのか。それは、たくさん勉強をして良い大学に入ろうと思ったからです。仙台育英のパンフレットや中学校の先生がおっしゃっていた通り、とても勉強に対する意識が高く、環境が整っている学校でした。特に1・2組には本気で勉学に励む仲間がいます。そんな中、私は芸術の方向に進むことを決心しました。良い大学に入りたいという思いで入学した高校でしたが、在卒懇で先輩の話を聞いたり、担任の先生と進路について話をしたりといろいろと考えるうちに、ゴールは大学進学ではないと気付きました。
 大学で何を学び、将来どのような仕事に就きたいのかということまでを見据えて、最終的に高校2年生の冬に志望大学を決定しました。志望大学が決定してからは絵と勉強のどちらの対策にも手を抜かないように頑張りました。絵の対策として画塾に通いましたが、勉強が疎かにならないように週に2回だけに絞り、春休みや夏休みの時間が多く取れる時には、積極的に講習に参加していました。
 筑波大学の芸術学郡では、学力をセンター試験のみで判定していたので、3年生になってからは、ひたすらセンター試験の対策をしていました。3年生になると学校の授業ではセンター試験に使わない教科ばかり勉強しなければならないので、センター対策・定期試験対策には、本当に苦労しました。特に夏休みから最後の定期テストまでの間に苦労したのを覚えています。


様々な参考書より
 教科書の繰り返し学習が効果あり


 夏休みはクラスの皆が必死で勉強している中、私は休みのほとんどを画塾に費やしていたし、画塾の人たちは皆、春から毎日通っていてレベルが高かったので、すごく孤独を感じていました。しかし、夏休みの終わりに大学説明会に参加し、大学を直接見学することで、意識が大きく変わったと思います。絶対にこの大学に行くぞという、やる気がわいてきました。夏休みが終わってからは、ずっと自分のペースでセンター対策を進め、定期テスト直前に一気にテスト範囲を勉強するというスタイルを貫いていました。
 3年間を振り返って思うのが、もっと学校の授業を大切にすべきだったということです。授業を無視して、自分で勉強するのは余程、気が強くなければできません。それにセンター試験で大切なのは基本です。様々な参考書や問題集に手を出したくなるのは分かりますが、教科書を繰り返し読んだり、学校で配られる問題集を繰り返し解く方が効率的で力がつきます。予備校や通信教育などを利用する時も学校が基本ということを忘れないでください。
 そして最後に、校長先生もおっしゃっていましたが、高校生活の中でチャンスやきっかけはごろごろ転がっています。それを生かすも殺すも自分次第です。これから高校に入る人も、今、高校生の人も、高校生活を楽しみながらアンテナを張りめぐらせておいてほしいと思います。



宮城教育大学
教育学部

平成21年3月特別進学コース卒
東仙台中出身

受験はつらいが
いつまでも続くことではない


クラスメートに刺激され
 ひたすら勉強


 小さい頃から幼稚園の先生になることが夢でした。そして、中学生の時に職場体験として幼稚園に行ったことで、幼児教育について興味が生まれました。高校に入ってからもそれは消えることなく、大学では幼児教育を学びたいと考えるようになり、また私は県内の大学への進学を希望していたので、宮城教育大学を志望するに至りました。
 しかし、入学当初は成績が全く追いつかず、半分諦めた気持ちでいた時期もありました。そんな時、大きかったのは友達の存在でした。私は周りよりも学力面で劣っていると常に感じていたので、一緒にいる友達をある意味、尊敬の眼差しで見ていました。そんな彼女達と一緒に勉強したり、過ごすことが私にとって良い刺激となり、少しでも皆に追いつきたいと、勉強にも力を入れて取り組むようになりました。
 そして、始めは模試の結果なども散々なものでしたが、3年生になってからは安定して合格圏内に入っているというくらい成績を伸ばすことができました。


疎かになりがちな
 社会・理科に力を入れました


 勉強法としては、学校の勉強が中心でした。授業の予習復習や課題をやって、分からないところや間違ったところは何度も繰り返し解き、同じ間違いをしないようにしました。
 3年生になってからは、それにセンター対策をプラスし、特に社会や理科など、つい勉強を疎かにしていた科目に力を入れました。勉強する時は苦手科目をやった後は、必ず得意科目や好きな教科をやるようにして、やる気を落とさないよう勉強する順序を工夫しました。
 最後に、私が志望大学に合格できたのは、仙台育英の先生方や友達、家族など、周りの方々のおかげだと思っています。受験は確かにつらいことだと思いますが、いつまでも続くものではありません。だから、嫌で嫌でどうしようもなくなった時は、友達と気楽に遊びに行ったり、先生や家族に話を聞いてもらったりして、あまり自分ひとりで抱え込まないでください。つらくなったら、程々に息抜きをして、最後までくじけず頑張ってください。
 後輩の皆さん方が自分の希望する進路に進めるよう応援しています。



山形大学
農学部生物資源学科 

平成21年3月特別進学コース卒
向洋中出身

秋以降はセンター試験対策に
明け暮れました


悩んだ時こそ
 授業中心の教科書勉強


 仙台育英での3年間は、あっという間の出来事でした。しかし、内容は濃かったです。そしてなにより、友人や先生などの環境にとても恵まれていました。
 3年間は、楽しいことばかりではなく、むしろ辛いことの方が多かったように感じます。1年の頃は、70分授業や授業の進度の速さに対応するのも大変だったので、無我夢中で、まずは授業についていこうと思う日々。まだ、受験のことに関する知識も充分と言えるほどは無く、進路希望もあやふやでした。
 そして、2年になると、自分は2組から1組へクラスが変わりました。そうなると、自ずと周りのレベルも高くなり、一時期はこのままでこのクラスについていけるのかと悩んだこともありました。予備校にも頼ろうか悩みました。しかし、こういう時こそ、初心に戻って先輩達もおっしゃっていたように、授業中心の教科書中心で勉強しました。この時から受験まで、私の勉強方法は、予習・復習を第1に考え、次に自分の勉強したい教科をするというサイクルに落ち着いたし、補講は絶対に休まず出ました。


納得の志望大学変更
 満足の結果です


 いよいよ3年となると、もうセンター試験や2次試験まであと1年と思っていたのが、本当に1年もあったのかと疑問に持ちたくなるほど、実感しなかったし、自分の成績の伸び悩みにも焦っていました。
 実は、自分はセンター試験が終わるまで、東北大学を狙っていました。なので、3年の前期は2次対策、11月頃からはセンター試験対策に明け暮れました。なぜ、東北大学を諦めたかというと、思うようにセンターで成績を残すことができなかったからです。山形大学の2次試験は小論文で、今まで小論文対策などしたことがなかったので、戸惑いましたが、過去問対策などで、あまり焦らず本番に臨みました。
 そして、山形大学に入学が決まった今、山形大学でも自分のやりたいことができるので、この結果にはもちろん満足しています。第1志望の東北大学に入る夢が絶たれた時は悔しかったけど、しかし、私は自分が今までやってきたことに後悔の念は全くなかったので、すぐに切り換えることができたのも事実です。
 後輩達には、卒業した後、改めて3年間を振り返った時に後悔しないように、この短い3年間を過ごしてもらいたいし、悔いのない人生の選択をしてもらいたいです。私自身は、高校時代の目標が自分の納得できる進学をすることだったので、大学でも何らかの目標を決めて頑張っていきたいと思います。



会津大学
コンピューター理工学部
平成21年3月フレックスコース卒
仙台二中出身

先生のアドバイスで
志望大学を決定しました


ノルマをつくって
 問題集を反復学習


 大学進学を志した時期は3年の夏頃です。その頃、自分のクラスでは将来の目標を決めるという授業がありました。私はパソコンやゲーム関係の仕事に就きたいと思っていました。その時、担任の先生が「会津大学はどう?」とおっしゃいました。それが、会津大学を第1志望大学にしたきっかけです。大学進学のための準備をしたのは、進路を決めた後すぐです。
 受験の方法としてはいくつかありますが、私は出席日数の関係により、一般受験とAO入試しかありませんでした。AO入試だと文章を書かなければならないので一般受験を選びました。
 そのためには「数学」「化学」「英語」の3つを勉強しなければいけませんでした。その勉強方法は問題集をひたすらやるという単純なものでした。勉強時間は特になく、どちらかというと、試験までの期間にやる問題集を決めて、それをやり遂げられるようなノルマを作り毎日やっていました。
 その際に使った問題集と参考書は『Next Stage』『チャート式』『基礎からベスト化学I』でした。問題集は当然、反復してやりました。センター試験前には赤本で勉強をしました。2次試験前には、その学校の過去問を3回ほど繰り返し解きました。
 それと本命の大学のオープンキャンパスに1度行きました。それによってモチベーションもかなり上がりました。また、予備校などで定期的に行われる模擬試験は何回か受け、試験で緊張しないようにしました。
 第1志望の大学に合格するために必要なのは、毎日勉強することです。そして、たまには思いっきり遊んで息抜きをすることだと思います。



川村学園女子大学
文学部心理学科 

平成21年3月外国語コース卒
入谷中出身

先生方の親身なサポートで
安心して学習できました


受験勉強を始めてみて
 PLP学習に感謝


 進学について真剣に考えるようになったのは、高校3年の夏も終わろうとする頃でした。クラスの中でも一番最後まで進路が曖昧で定まらなかった生徒だと思います。
 ずっと、美術史にするか心理学にするか、地元に残るか他県へ行くかを悩んでいました。最終的に行きたい大学が3校に絞られたのは良いものの、それでもまだ決めあぐねていたので、3校ともセンター試験利用で受験しました。実はセンター試験の結果がきてから大学を決めました。
 受験勉強を本格的に始めたのは、冬くらいからだったと思います。この時になって初めて、PLPに感謝しました。参考書などを見てみると、PLPで学習した語句や慣用句がかなりありました。データベースはオススメです。
 勉強方法ですが、私は集中力が皆無だったので、短期集中型で取り組みました。学習時間はひたすら問題を解き、休み時間はきっちり休みました。何事もオンオフは大事だと思います。


自習時間を有効活用
 心に余裕を持つことも大事


 問題に慣れるために学校では、延々と問題集を解いていました。単語などは休日に少し勉強する程度でした。冬休み明けからセンター試験当日までは、応用を中心に練習をしていました。センター試験が近くなると焦ってしまいがちですが、焦ると更に頭に入らなくなると思うので、そういう時は少し休息を取った方が良いです。
 勉強法は、人それぞれなので、何とも言えませんが、だいたい学校の定期テスト前と同じ感じで私は勉強していました。センター試験利用と一般受験の人は自分の受験に必要な科目の授業以外は別室で自習できるので、その時間を有効に使うと、家での学習にも余裕ができて良かったです。
 先生方も親身になってサポートしてくださったので、安心して勉強することができました。後輩の皆さんも心の余裕を忘れずに、自分のペースで受験を頑張ってください。



東北学院大学
教養学部情報科学科

平成21年3月英進進学コース卒
寺岡中出身

模擬試験ではE判定
父の一言が合格につながりました


指定校推薦もAO入試も
 望みがなくなり…


 高校受験で第1志望の高校に受からず、仙台育英に入りました。一番入りたかった高校に入れなかった悔しさをバネに、仙台育英でトップの成績を目指し勉強しました。
 高校1・2年の頃は定期テストで上位の成績を保つことだけを目標としていたので、大学受験を見すえた勉強は考えていませんでした。定期テストで良い結果が出ていたので、指定校推薦で、どこかしらの大学に受かると思い込んでいました。
 しかし、第1志望である東北学院大学教養学部地域構想学科の指定校推薦枠が今年はなくなっていました。校内模擬テストも勉強に力を入れていなかったため、順位は落ち、他大学の指定校推薦の望みも低くなってしまいました。
 また、学院大学のAO入試も受けました。夏休みの間、AO入試対策をしながらも、一般入試の勉強はしていましたが、一般の勉強が上手くいかなくても、AO入試で受かればいいという心の余裕があり、AO対策に力を入れていました。しかし、前期の判定で受かる望みが低いC判定をもらい、学院大学合格の道は厳しくなりました。後がなくなってしまった私は、一般入試を受ける決意をしました。


現代文は
 客観的思考で解く


 10月からの本腰を入れての勉強は、間に合うのかという不安もありました。私は、現代文の出口先生の問題集の基礎から始めました。私は、現代文は主観的思考で解くのではなく、客観的思考で解くことが大事だと分かりました。この頃から、内容の濃い勉強ができてきました。
 しかし、校内や全国模試では、E判定という結果。学院大学だけではなく、他大学の合格にも不安を残す結果でした。点数が一番上がらないのは、英語でした。私は、長文が苦手だったので、長文の基礎から始め、それと同時に単語・イディオムを毎日100語ずつ勉強しました。
 12月には過去問を中心に勉強していました。なかなか点数が上がらなく、悩んでいた時期に父から「問題をよく読め」と言われ、問題をしっかりと読むようにしました。それだけで、今まで落としていた問題を落とさなくなり、見落とすということがなくなりました。その問題をよく読むということが第1志望の学院大学合格につながったのだと思います。
 また、息抜きも大事です。特に1月など本番直前には、根つめるのではなく、走るなど自分の趣味をしながら勉強をするほうが精神的に楽になり本番にしっかり臨めると思います。