走ることの基礎を徹底的に学んだ
仙台育英での3年間でした

中学校までを過ごした新潟県十日町市で「走ること」に目覚め、高校は仙台育英学園高等学校へ。陸上競技部で全国高校駅伝に1、2、3年生での連続出場。加えて、10000mで高校2年生歴代2位(当時)、3年生でのインターハイ5000m5位(日本人2位)などの成績を残し、関東インカレや箱根駅伝出場常連校・東洋大学へと進学した。

大学でも4年間を通して箱根駅伝に出場し、私たち仙台育英生には“誇るべき先輩”として夢と勇気を与え続けながら、大学3年時からは42.195kmのマラソンに挑戦。

4年時の2016年、リオ・オリンピック出場を賭けての東京マラソンでは惜しくも出場への切符を逃したが、卒業後に就職したトヨタ自動車で陸上長距離部に所属し、オリンピック出場への夢実現に向けて再挑戦。2018年の福岡国際マラソンで日本人として14年ぶりの優勝を飾り、MGC2位を経て、東京大会への出場が決定。そして2021年8月、ついに東京2020オリンピックの最終日、札幌大通公園のスタートラインに立った。

「抱いた夢、目標がかなわず落ち込んだことは何度もありました」と話す服部先輩。中学生の頃に“走ること”に目覚めて以来10数年間の努力の日々の中で、「仙台育英陸上競技部での3年間は、箱根駅伝や国際マラソン大会、MGCを経てオリンピック大会出場への目標を達成するに至る基礎を徹底的に学んだ貴重な3年間でした」と仙台育英陸上競技部時代を思い出す。

服部先輩の“仙台育英時代の記憶”を中心に語ってもらった。

*MGC:マラソン・グランド・チャンピオンシップ