INFORMATIONインフォメーション 沖縄での平和学習~ぬちどぅ宝~沖縄での平和学習~ぬちどぅ宝~
沖縄での平和学習~ぬちどぅ宝~
2025.06.20 12:00
戦後80年、私たちができることについて考えました
2025年6月19日(木)沖縄高等学校とILC沖縄の合同学校行事「平和学習」を実施しました。今回の平和学習は、「沖縄市の戦後史や平和の大切さについて学ぶ」「平和の尊さや命の大切さについて深く考える」「沖縄戦の悲惨な歴史を学び、平和の尊さについて考える」ことを目的に行われました。学年ごとにテーマや学習場所を設定し、次のような内容で実施しました。
■コザヒストリート 見学
沖縄市の復興の歴史をたどる「コザヒストリート」を訪問。グループごとに1階・2階の展示を見学し、地域の歴史や平和の尊さについて学びました。
■平和講話「PEACE LIVE ~祖父母の人生~」
体育実習室にて、沖縄ミュージシャン・あかばしさんを講師にお招きし、「歌と語りによる平和学習」を行いました。生徒たちは、歌やお話を通して「戦争」や「平和」、そして「命の大切さ」について心を動かされる時間を過ごしました。
■平和祈念資料館 見学
平和祈念資料館にて、学芸員の方からの講話を受けた後、館内を自由に見学。 戦争の悲惨さや平和の尊さを実際の資料を通して学ぶ貴重な機会となりました。
平和祈念資料館にて、学芸員の方からの講話を受けた後、館内を自由に見学。 戦争の悲惨さや平和の尊さを実際の資料を通して学ぶ貴重な機会となりました。
今回の平和学習で、参加生徒たちはそれぞれのプログラムを通して多くの学びと気づきを得ることができました。今後も、こうした学びの場を通じて、「平和を考える心」を育んでまいります。
☆生徒の声☆
・昔のコザ十字路は外国人の歓楽街があって照屋黒人街と城前白人街っていうのもあって、人種差別社会が沖縄に持ち込まれてしまったのも知った。ほかにもコザ騒動という車に放火する事件や、毒ガスの事件が起きて、美里中学校の人たちが撤去を求めている資料などがあった。昔の子供たちは手榴弾をなげて遊んでてそれにより、足が吹き飛んだ子や無くなってしまった子供などもいることを知った。
・沖縄戦があったころの時代と現代での使われている道具ではどのような違いがあるのが実際にみて学ぶことができた。昔の道具は現代と比べて大きいものが多かった。今まで沖縄全体の戦争についてしか学んでこなかったけれど今回のコザヒストリート見学を通して沖縄市の中のコザではどのような出来事があってどんな街だったのか知ることができた。
・あかばしさんの話で、戦争の被害者だと思っていたおじぃも中国では加害者だったかもしれないということに気づいて一つの視点から物事を見てそれがすべてだと思ってはいけないなと思った。戦争での出来事は誰も悪くなくて、でもみんな悪いのかもしれないと思う。おばぁはおじぃの骨のことを本当に石だと思っていたのか考えた時に、もしかしたら、まるで石のような骨ではなく、生きて帰ってきてほしかったという思いを込めた「石しか入っていなかった」という言葉だったのかもしれないと思った。
・自分たちが戦後世代のはずなのに戦前の人になっているといわれて確かにと思った。現在、日本はどこかの国と戦争をしているわけではないし、直接関与もしていないから平和だと思う人もいる。だけど、殺人や事件は日々おきているし、戦争を知らない世代が戦争に対して悪いイメージを持っていない又は関心がないので、あかばしさんの言う通り、不安定で危ない状況だと思う。若者が過去の戦争をに興味をもって、悲惨さを伝え続けなければ、日本でも戦争が起きてしまうと思う。
・実際の戦争時の写真が特に印象に残っています。まだ幼い子どもなのに、目を開けたまま亡くなっていて衝撃だったからです。
・色々な島に行って住民から沖縄戦についての話を聞いた。理由は 沖縄戦について色んな話を聞きくと言う大変な努力をした事、沖縄は島が沢山あり行くだけでまあまあな時間を使うそれを無駄と思わず歴史を知るために行くという事に大変心に残った。