●最優秀賞
シェーンブルン宮殿に
なぜ動物園があるのか


3年M1組 遠藤さん


 

○一つの疑問

 人間が造る物には、必ず造った人の意思が隠れています。この考えが正しいとするなら、シェーンブルン宮殿という建物も物語を読むようにその意思を読み解くことができるはずです。物語は言葉が手がかりになります。では、シェーンブルン宮殿では、何が手がかりになるのでしょう。
 ヨーロッパの名門ハプスブルグ家の宮殿であるシェーンブルン宮殿には、なぜか動物園があります。宮殿に動物園、この取り合わせさは奇妙です。この疑問を追及することで、シェーンブルン宮殿を造り上げた人の意思を読み解ていきたいと考えました。
 そこで、
    @ 動物園はいつ造られたのか。
    A 動物園はどのように使われのか。
の2つを明らかにすることで、動物園の意味を考えていこうと思います。

○動物園はいつ造られたのか

 ハプスブルグ皇帝家の居城であったシェーンブルン宮殿は長く波乱に満ちた歴史を秘め、オーストリアで最も重要な文化遺産に一つに数えられます。1996年には世界最古の動物園を含めて全ての施設がユネスコ世界文化遺産に指定されました。
 現在の宮殿の基本的な建物は、マリア・テレジア女帝によって計画、建設されました。マリア・テレジアは1740年から1780年まで君臨した女帝です。
 さて、この動物園は、現存する世界最古のバロック式動物園です。基本施設は、中心の
パビリオン(注1)これを取り巻く獣舎から成り立っています。このパビリオンは、1759年にニコラス・ジャドーの設計で建てられました。
 このような動物園の構造は、建設当時のままで、現在まで変更されていません。

○動物園は、どのように利用されたのか

 動物園は、次のように利用されていました。
 中央に建つパビリオンから
皇族一族と貴賓が周囲を一巡しながら、世界中から集めた珍しい動物(注2)を眺めたのです。
 一方、マリア・テレジアは、このパビリオンで世界中の動物たちを眺めながら静かに朝食を摂るのを好んだといいます。
 つまり、この動物園はハプスブルグ家の強大な権力と財力を内外に示す働きをするだけではなく、女帝マリア・テレジアのきわめて個人的なお気に入りの場所として存在したのです。いわば Private Zoo です。
 しかも、このパビリオンは、彼女の夫であるフランツ汾「の死後、マリア・テレジアによって「思い出の間」の改装がされました。彼女の命令で、内部には金箔の
ロカイユ(注3)を配した胡桃材の化粧板が取り付けられ、大きな鏡の横には、珍しい動物の絵画が飾られました。これも、亡き夫を偲ぶ場所として、動物園にあるパビリオンをわざわざ選んでいることが分かります。

○明らかになったこと、そしてその意味は

 シェーンブルン宮殿の動物園は、現在の宮殿が造営されたときに、すでに設計・建設されていました。そして、それはハブスプルク家の威信を示すと同時に設計者マリア・テレジアのお気に入りの場所でした。しかも、それはマリア・テレジアが亡き夫を偲ぶ建物という、きわめて個人的な情緒的な場所として位 置づけられたのです。
 動物園のこのような利用のされ方は、どのような意味を持つのでしょうか。
 シェーンブルン宮殿の動物園は私たちが知る動物園とは大きな違いがあります。私たちが知る動物園は、動物の檻を人間が見て回ります。しかし、シェーンブルンの動物園は、中央のパビリオンから周囲にある13棟ある動物の檻を眺めるのです。
 この構造の違いは重要です。なぜなら、シェーンブルンの動物園は、世界を見渡す構造になっているからです。
 動物園にいる動物は世界中から集められたものです。動物園は世界なのです。そして、世界の中心に位 置するのはパビリオンなのです。そのパビリオンの主人マリア・テレジアは世界の中心そのものなのです。
 そのパビリオンでマリア・テレジアが優雅な朝食を摂るのがお気に入りでした。彼女が朝食を摂る時刻は、まさに世界が始まる時刻なのです。朝食を摂りながら、今日世界をどう動かすか、彼女は考えたのでしょう。マリア・テレジアが、動物園のパビリオンに亡き夫を偲ぶ場所としたもの、死んでもなお、世界の中心に位 置しつづけるという意思そのものではないでしょうか、これは、世界を支配することと同じです。
 私たちが目にしたように、シェーンブルン宮殿は美しく気品のある建物です。そして、多くの美術品であふれています。
 しかし、以上のように考えると、動物園という、今の私たちが考えると場違いな施設を持つシェーンブルン宮殿は、「世界を支配する」というハプスブルグ家の、女帝マリア・テレジアの野望を具体的に表現した場所であったと考えることができます。


注1 パビリオン(pavilion)展示館
注2 大航海時代がはじまって百年後の16世紀以来、世界の珍しい動物を飼育することは上流階級のステータスシンボルとなり、ヨーロッパの多くの宮廷に珍しい動物が集められました。
注3 ロカイユ 装飾性の高い飾り縁。シェーンブルン宮殿の多くの壁に採用されています。



資料 冊子「シェーンブルン宮殿ガイド〜宮殿と庭園を訪ねて〜」
   http://www.wein.info
 
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